『月刊ゴルフマネジメント』2026年2月号に私が担当する連載「ゴルフ場のデジタル革新」の第20回を掲載いただきました。
今回は「データとアルゴリズムが導く世界基準の「ペース・オブ・プレー」理論」というタイトルで、世界の名門コースが実践する、最先端のペース・オブ・プレー管理をピックアップし、まとめておりますので、ご一読いただけますと幸いです。

本文
「ゴルフ場に対する最大の不満は何か?」という問いに対し、世界中のゴルファーが口を揃えるのが「スロープレー(プレーの遅延)」です。これは日本だけの問題ではなく、ゴルフビジネスにおける普遍的なペインポイントです。USGA(全米ゴルフ協会)の研究レポートによれば、プレー時間の短縮(15〜30分程度)に対して、ゴルファーは「9.1%高いグリーンフィを支払ってもよい」と考えているというデータがあります。逆に言えば、進行の悪さは、顧客満足度を毀損するだけでなく、リピート率の低下や客単価の停滞を招く「見えない損失」を生み出し続けているのです。つまり、「快適な進行」とは単なるマナーの問題ではなく、明確な収益源となる「高付加価値商品」なのです。
日本のゴルフ場では、カートナビの導入により「位置情報の可視化」までは進みました。しかし、海外の先進事例を見ると、その先にある「データ解析とアルゴリズムによる最適化」という、より高度な領域に到達しています。今回は、世界の名門コースが実践する、最先端のペース・オブ・プレー管理をピックアップします。
「監視」から「最適化」へ:Tagmarshalの事例
現在、全米プロゴルフ選手権の開催コースである「ウィスリング・ストレイツ」や、アイルランドの名門「バリーバニオン」など、世界500以上のハイエンドコースで導入が進んでいるのが、進行管理システム『Tagmarshal(タグマーシャル)』です。日本の一般的なシステムとの決定的な違いは、「AIとアルゴリズムによる予知」にあります。
従来型のシステムは、「規定時間より遅れている組」を赤く表示するだけのアラート機能が主でした。しかし、これでは渋滞が発生してからの「事後対応」にしかならず、マーシャルが現場に到着した時には、すでに後続組にイライラが蔓延していることがほとんどです。対してTagmarshalは、過去数年分の膨大な走行データ(天候、曜日、スタート時間ごとの傾向)と、当日のリアルタイムな状況を照らし合わせ、「これから遅延を引き起こす可能性が高い組(リスクグループ)」をアルゴリズムで特定します。
「この組はハーフターンまでは順調だが、後半の難易度の高いホールで崩れる傾向がある」といった予測に基づき、マーシャルは闇雲にコースを巡回するのではなく、システムが指示した「リスクのある場所」へピンポイントで先回りすることができます。これにより、マーシャル業務は「遅れてから注意する」というネガティブな接触から、「遅れないようにサポートする」というポジティブな顧客体験へと質的転換を果たします。結果として、導入コースでは平均して14〜17分のラウンド時間短縮と、顧客満足度(NPS)の向上を同時に実現しているのです。
加えて、この仕組みは人材育成の観点からも極めて有効です。経験の浅い若手スタッフでも、システムの指示に従うだけでベテランマーシャルと同等の的確な判断が可能となり、深刻な人手不足の中での「業務の標準化」と「省人化」を推し進めることができます。
USGAが提唱する科学:サイクルタイムとギャップタイム
精神論を排し、物理学のようにスロープレーを解明しようとしているのがUSGAです。彼らの研究において、特に重要な概念が「サイクルタイム(Cycle Time)」と「ギャップタイム(Gap Time)」です。
- サイクルタイム:あるホールで、前の組がグリーンを空けてから、次の組がグリーンを空けるまでの時間間隔。
- ギャップタイム:前の組との時間的な距離。
USGAのデータ分析によれば、全体の進行を決定づけるのは「ハーフ2時間15分」という総量(ラウンドタイム)ではなく、各ホールごとの「流れ(フロー)」です。特に「200ヤードを超えるパー3」や「380〜400ヤードのパー4」は、構造的にサイクルタイムが長くなりやすく、ここがボトルネックとなってコース全体の渋滞を引き起こします。
海外の先進コースでは、GPSデータから「このホールのサイクルタイムが異常に長い」と判明した場合、DXの知見をコース管理にフィードバックします。「ラフを刈り込んでボール探し時間を減らす」「ティーマークを少し前に出して2オンしやすくする」「グリーンの傾斜を見直す」といった物理的な処置を行うことで、「スタッフが注意しなくても、自然と早く流れるコース」を作り上げているのです。
さらに予算に余裕があるコースでは、一部改修によって例えばホールのルーティングを見直したり、戦略上不要なプレイヤーから見えないバンカーや池などのハザードを撤去したり、ブラインドホールの改修や伐採を行ったりすることなどはプレーペースだけではなく管理コストの削減にもつながります。
「動的インターバル」という逆転の発想
さらに、スタート間隔についても、海外ではデータに基づいたダイナミックな運用が行われています。繁忙期に売上を立てたい心理から、7分間隔で組数を詰め込みたくなるのが経営者の常です。しかし、USGAのシミュレーションや実証実験は、逆説的な真実を証明しています。
混雑日には、あえてスタート間隔を1〜2分広げる(例えば8分間隔を10分にする)ことで、コース内の詰まりが解消され、ハーフターンでの待ち時間が激減します。結果として、日没にかかる組が減り、1日の最大収容組数を増やせるケースや、スムーズな進行によるレストランの回転率向上など、トータルでの収益性が向上する事例が報告されています。これは、高速道路の渋滞理論と同じです。車間距離を詰めるよりも、適度な距離を保ったほうが、一定時間に通れる車の台数(スループット)は増えるのです。この「急がば回れ」を、データを持って意思決定できるかどうかが、DX時代の経営手腕と言えるでしょう。
データは「叱るため」ではなく「設計するため」にある
日本のゴルフ場DXは、ハードウェア(カートナビ)の導入で満足してしまっている側面があります。しかし、真の価値はその裏に蓄積され続けているログデータの活用にこそあります。「なぜかいつも6番ホールで詰まる」という事象に対し、プレーヤーの技量やマナーを責めるのではなく、データを用いて「コース設計や運用上の欠陥」を見つけ出し、改善する。海外の成功事例が示唆するのは、DXとは単なる管理強化のツールではなく、科学的アプローチによってゴルフ場経営そのものを「再設計」し、収益と顧客満足を最大化するための最強の武器だということです。

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